ブンデスリーガのサクセスストーリー

1962年7月28日、ドルトムンドのヴェストファーレンハレの黄金の間にてブンデスリーガが誕生しました。ドイツサッカー連盟(DFB)の総会の席で、地域のサッカー協会の代表が、103対26の投票結果をもって、全国リーグ(ブンデスリーガ)の発足を可決し、1963/1964年シーズンを開催することを決定した。

設立当初のブンデスリーガの所属チームは16チーム:

 

  • オーベルリーガ・ノルドから:ハンブルガーSV、ヴェルダー・ブレーメン、アイントラハト・ブラウンシュヴァイク
  • オーベルリーガ・ウェストから:FCシャルケ04、ボルシア・ドルトムント、1FCケルン、マイデリッハーSV (現MSVデュイスブルク)、SCプロイセン・ミュンスター
  • オーベルリーガ・スードウェストから:1FCザールブリュッケン、1FCカイザースラウテルン
  • オーベルリーガ・スードから:1FCニュルンベルグ、アイントラハト・フランクフルト、カールスルーエSC、TSV1860ミュンヘン、VfBシュツットガルト
  • シュタットリーガ・ベルリンから:ヘルタBSC

初節のキックオフは1963年8月24日でした。アイントラハトの初試合は対1 FCカイザースラウテルンのホームゲームでした(1-1 引き分け)。ブンデスリーガの記録に登場する最初のSGE選手はペナルティーゴールをきめたロータ・シェーマです。

概要

18チームがブンデスリーガで毎シーズンごとにドイツチャンピオンを目指して競う。試合は総当たり戦で行い、ホームとアウェーそれぞれで実施する。リーグの下位3チームが降格し、そこにブンデスリーガ2部の上位3チームが上がってくる。1995/1996シーズンから、勝点3ルールが適用された。このルールでは、試合での勝者が3点を獲得し(以前は2点)、引き分けでは各チームは1ポイント獲得、そして敗者はポイントを獲得できない。

ドイツチャンピオンと準優勝チームはヨーロッパ選手権の上位チームであるチャンピンズリーグに自動的に登録される。

1999/2000シーズンから、チャンピンズリーグは、32クラブに拡大された。その結果、ブンデスリーガの3位と4位もチャンピンズリーグに加入できるようになった。これらのクラブは予選ラウンドからスタートしなければならない。このラウンドに入るチームは、もしもチャンピンズリーグから脱落したとしても、UEFAヨーロッパリーグに参加することが出来る。もしブンデスリーガ所属のチームがある年にドイツチャンピオンになり、チャンピンズリーグで優勝すると、ブンデスリーガは、翌年にチャンピオンズリーグにおける追加枠を獲得する権利を失う。

ブンデスリーガの5位と6位と、DFBカップの覇者か、DFBカップ覇者がチャンピンズリーグに出場する権利を獲得している場合は、決勝戦進出チームが、UEFAヨーロッパリーグ第1ラウンドに加入できる。7位と8位は、勝者が加入の権利を放棄してそれぞれのクラブが契約を締結しない場合、UEFAカップに向けたUIカップを通じて権利を獲得することができる。

引き分けの規定に従い、決勝進出したブンデスリーガのクラブは、国際フェアプレイコンテストで8,000ポイント以上を獲得すれば、UEFAカップの出場権を獲得できる。「5年間のフェアプレイコンテスト」において、ドイツが4位に順位を落とした場合(国別のチームではないがヨーロッパ選手権に出場するすべてのクラブに当てはまる)、そのブンデスリーガの4位のチームは、翌年のチャンピンズリーグでの参加資格を失い、順位が6位のクラブが、UEFAカップへの参加資格を喪失する。これは続行中のシーズンには適用しない。

1999/2000シーズンに、カップ戦優勝者によるヨーロッパ・ウィナーズ・カップは廃止された。